本物とは飽きのこないものである。また飽きのこないものが本物である。なぜならば、本物は接すれば接するほど、段々とそのもののすごさが分かり、好きになって行くようなものだからである。


本物の反対が偽物。偽物は飽きてくる。なぜなら、見せ掛けだけで、本当は優れたものではないから。接しているうちに本来の姿が見えてくる。


本物とはすなわち嘘のないものを指す。



注)僕が本物、偽物と言っているのは偽物を排除しようとか、そういうことではありません。世の中にそういうもの(本物)が存在するということが言いたいだけです。偽物であってもそれはそれでいいのでしょう。本物に行き着くまでの過程にはいろいろあるでしょうから。ただ、絵画や骨董を初め、世の中のものの中にもよく出来た偽物がありますから、そういうものには騙されないようにしないといけないと思います。人間の中にも、騙そうという悪意を持って接してくる人もいます。そういうときに役に立つのが、飽きがくるかこないかという見分け方です。一瞬いいなと思っても長く付き合ってみなければその本当の味は分からないものです。一瞬でその良し悪しが見分けられるようになるには、ものをよくみる修行を気の遠くなるような間、重ねなければなりませんが、誰にでも出来るのが前記の方法です。


子供を育てるときは、野菜食を中心にして育てよ。肉食が多くなれば、キレやすい子供になる。野菜食は落ち着いた子供を作る。

※しかし、3割ぐらいは蛋白質を含む食品をとるようにはしましょう。蛋白質は人間の成長には必要な栄養素で、全く取らないというのは問題があります(人間が生きていくために必要な必須アミノ酸の中には、生体の中では合成することのできないものもあり、それは食事によって補なってやる必要があります)。動物性の蛋白質ではなくて、大豆製品など植物性のものや(日本人は)魚から中心にとるようにするといいでしょう。でもどうしても肉が食べたいというときは体がそれを必要としているからで、それは逆らわずにとったほうがいいです。あくまでも「中心は野菜食」ということです。
野菜と肉の割合は、「肉をやや少なめにしたすきやき」の野菜と肉の割合ぐらいが一番いいのではないかと思います。



真実は言葉の中にはない。行動に現れるのが真実。


信じては裏切られ、信じては裏切られ、
それでも信じていくことが人を変えてゆく。


心に「欠けた」ところがあると、人を傷つける(丸いものに触っても傷はできない)。


芸術という手段を用いれば、言葉では言い表せない「なんともいえないもの」を表現することができる。


偏った狭い正義感というのは、相手を攻撃するための刃として使われることが多い。

下へ続く  
)このページで使われている写真は僕が撮ったものではありません

自分のことばかり考えている人は、自分のことで思い悩むことになる。自分の悩みは、まあ横に置いていて、周りの人のことを思っているとそのうち自分の悩みに思いわずらされていない自分に気付くもの。


本来の自分が出てくれば、人は光輝くもの。


愛情を受けて育った子は、周りにその愛情を返そうとする。


自分の心を磨いていけば、良いものはよい、悪いものは悪いと、そのままの姿が心に映るようになる。


どんな悪人でも心の奥底には美しい本来の自分がある。太陽が雲で覆われるように、それが曇りで覆われるとその働きが弱められてしまう。「悪いことをしているけど、本当の自分はこんなんじゃない」と本来の自分は泣いている。自分でもどうにもならないのだ。


長生きの秘訣の一つは、必要な栄養はしっかりとって、カロリー摂取をなるべく減らすこと。


自然とは、調和のとれた状態。


言い訳は言い訳。



言われなくてもするのが、上魂
言われてするのが、中魂
言われてもしないのが、鈍魂


敵は、自分が作り出してしまうもの。



一生勉強。年を取ってから学んだことも、次の人生で生きてくる。



悪いこともいいこと


「あいつは〜だから」 人や物事をフィルターを通してみる人には、その真相は決してみえない


肉体の美しさは衰えても、精神の美しさは衰えることがない


人生は自分が主役のドラマ


自分で自分の品位を下げるのが愚か者

人生一口語録 (エッセイ集、生き方の知恵)

徒然なるままに思うこと